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ルイ・ヴィトンの歴史 その1

黎明期(1854年 - 1892年)

ルイ・ヴィトンが評価されるようになったのは、創始者であるルイが亡くなった後のことである。ヴィトン社はまず「グリ・トリアノン・キャンバス」(Gris Trianon) というトランク工場として創始された。このトランクは灰色のキャンバス地で覆われており、とても軽量なものであった。1854年、ルイはエミリー (Emilie Clemence Pariaux) と結婚、同年、世界初となる旅行用鞄の専門店をパリに創業。3年後の1857年には息子のジョルジュ (Georges Vuitton) が生まれた。

1859年、アニエール=シュル=セーヌに最初のアトリエを構える。

1860年、ヴィトン社は需要に押されて規模を拡大した。1867年、万国博覧会で銅メダルを獲得。これにより世界的な評判を得、1869年にはエジプト総督のイスマーイール・パシャが、1877年にはロシアのニコライ皇太子(後のニコライ2世)がそれぞれ、1セットのトランクを発注した。また、当時世界的に力を持っていたスペイン国王アルフォンソ12世からもトランクの注文を受けるなど、主にスラブ、ラテン系王侯族に重用された。

トランクの上から布地を貼るというルイの技法は賢明であったが、容易にコピー商品が出回ることとなり、1872年、ルイは別の布地を使うようになった。この布地は、「Striped Canvas」として知られているベージュと赤の2色で色づけされた布地である。しかし、これもすぐにコピー商品が出回ることとなった。

だが、コピー商品に押されることなく、彼のビジネスは成功を収めた。また、私生活の方も衰えることはなく、1880年には息子のジョルジュがジョゼフィーヌ・パトレイユ (Josephine Patrelle) と結婚。入籍当日に、彼は息子にスクリーブ通りの店を任せた。その3年後、ジョルジュにも息子ガストンが生まれ、ルイは祖父となった。

1885年、ヴィトン社はロンドンに進出。1888年、ジョルジュが模倣品防止のため、ベージュと茶褐色のチェス盤にルイ・ヴィトンの銘が入った「ダミエ・ライン」と呼ばれるデザインを考案。1889年のパリ万国博覧会で、ルイ・ヴィトン社に金賞をもたらした。しかし、商標登録もされていたにもかかわらず、またコピー商品が出回ることとなった。現在は白と灰色の「ダミエアズール・ライン」、黒を基調とした「ダミエグラフィット・ライン」もある。

1890年、5枚羽の錠前を開発。

1892年、ヴィトン社はハンドバッグの販売を開始、トランクやハンドバッグなどが掲載された最初のカタログもリリースされた。その年の2月27日、ルイは自宅で息を引き取り、ジョルジュが会社の全権を握ることとなった。


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